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NOVEL

「焼くの?茹でるの?」

どっちでもいいよ、とにっこり笑うと、タケルは持参した大きなカバンから袋を一つ掴み出した。中から手のひらへ零れたのは、乾燥したトウモロコシの粒。

「あえていうなら、炒める?」
「炒める?まさか・・・」
「うん、ポップコーン」

わあっと歓声を上げると、柔らかい笑顔で頷いた。まるで妹を見るような眼差しに、マイは少し腑に落ちなかったが、気を取り直してフライパンを準備した。これなら自分にも作れそうだ。
チハヤの料理教室に通うタケルとマイだが、マイがあの通りなのでタケルも個人的に練習に協力している。練習と言っても、 お菓子に関して特に腕が立つタケルに、こうしてご馳走になっているだけだとも言えるが。

「まず油を引いて、それ炒めて。ソースは俺が作るから」

蓋をして焦がさないようにフライパンを揺らして。ドキドキしながら中を見つめて待っていると、甘い匂いが漂ってきた。
隣ではタケルが、砂糖とメープルシロップを煮詰めている。美味しそうなカラメル色に、それだけでつまみ食いしたくなる。こちらは焦げないようヘラを丁寧に動かす必要があるので、確実に焦がす自信がある自分には無理だ。
(人が作っているものってどうしてこう美味しそうに見えるんだろう。)
祖母しかり、母しかり、チハヤしかり。つまみ食いの常習犯はそう思う。
あまりに見つめていたせいか、タケルが小さく笑いながらマイを見た。
その笑顔はハチミツみたいにやわらかくて、糖度が高くて、蕩けそうで、ついつい甘えてしまうものだ。チハヤに怒られている時も、この顔でやんわりフォローしてくれるのだから。
彼の場合は、彼自身も美味しそうに見える。マイがつられて口元が緩んだのを見て、催促したと思ったようだ。

「少し味見する?」
「うん!するする!」

ヘラに少し取り、子どもにそうするように息を吹きかけて冷ます。

「熱いから気をつけて」

一連のそれに何だか照れくさくなったが、目の前に差し出されたソースをひと舐め。
思った以上に甘くてまろやかで美味しくて、瞬時に幸せな気分になった。随分お手軽な幸せだね、と某シェフには皮肉られるが、本当に幸せなのだから仕方ない。
と、ヘラの下に添えられたタケルの手に、ポタリとソースがたれた。

「熱っ」
「だ、大丈夫?」

言うほど熱そうにはしていないが、落ちた指が赤くなる。マイは咄嗟に取ったその手を目の前にして戸惑った。取ったはいいが、どうすれば。
不思議そうな顔のタケル。 ともすれば女の子のような顔の彼だが、牧場の仕事をしているから手は傷だらけ。自分のとは大きさも違う。それをぎゅっと握り、そして。

「マイ?」

自分でも何を思ったのか、唐突に、彼の指についたカラメルソースを舐めた。
唇を離す時になって、急激に血が頭に上って言葉を失った。 躊躇しながらもちらりと見上げたタケルの表情は先ほどと変わらず、時が止まったように見つめ返している。
マイ自身に言い訳を考える余裕もなく、代わりにタケルが口を開こうとした瞬間、パアンとはじける音が響いた。

「わわ、コーンがはじけたみたい!」

「あ、うん」

思い出したように、急いでソースをかき回す。今の時間は果てしなく長く感じたが、実際それほどでも無かったようで、何とか焦げ付くことは免れたらしい。 フライパンの中で踊りはじけるコーンを見ることに集中し、タケルも何も言わなかった。
内心どう思っているのだろう、と横道にそれる集中力を軌道修正しつつ、なんとかポップコーンを完成させた。
ボールにうつし、熱いうちにカラメルソースと絡める。 とろとろの琥珀色が真っ白いはじけたコーンにとろけて絡まりそれはそれは甘い香りを放つ。

「成功したね」

ぱっと彼を見遣ると、笑顔で嬉しそうに言っていた。その顔も言葉も、心を溶かすようで。

「早速いただきます。マイもどうぞ」
「うん・・・」

お互いつまんで口に入れる。カリカリしたカラメルとコーンと、甘さが口内に広がる。

「美味しい」
「・・・うん、美味しい。とっても美味しい」

ポップコーンがはじけたのと同時に、自分の中でも何かがはじけてしまったらしい。
まさか食べ物より好きになるものがあるなんて。
現にこうして、食べるより、自分が作った(炒めて絡めるだけだが)ポップコーンを食べる彼を見つめていたいと思っている。このどろどろに溶解した心をあなたにかけてみたい、なんて。
一度はじけた想いを持て余しながら、また一つポップコーンを飲み下した。










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