アカリは幸せな気分に浸っていた。曇った窓ガラスの向こうでは、真っ白な雪が降り積もっている。その綺麗さがふわふわした気分に拍車をかけ、笑みが止まらない。笑い上戸でもなくても今日は特に。
先程まで、つごもり祭ということでキャシーなどの若い友人達と飲んでいた。
とても楽しかったが、明日も仕事があるからと言い訳して早々に切り上げ、日付が変わるまで今は一人で飲み直している。どうせなら友人達と年を越しても良かったのだが、今回は年明けにすぐ女神様達に挨拶に行きたいと思っていた。
酒にはある程度強いが、少しハメを外しすぎたかもしれない。なんとか年を越すまでは起きていなければ。
「アカリ飲みすぎなのー」
「うーん、大丈夫。フィン、眠いなら先に寝てていいよ」
「ぼくも女神さまに挨拶行くのー」
頭を撫でると、眠そうな目をこすってアカリの腕へ。
「神さまのところに行くの?」
「うふふ、どうかなぁ。あえて行かないかもよ?」
「えー、だって、神さまの事があるからこうして帰ってきたんでしょ〜」
どうかしら、と笑いながらまたカクテルを一口。酔って気が大きくなっているが、彼がこういう事を好んでいないのは知っているのでまだ迷っている。人間の行事に積極的に参加する女神様は喜んでくれるのだが。
少し前まで飲んでいたハイボールのグラスを指先で撫でてぼんやりしていたが、息をついて立ち上がった。
さて、そろそろ行こうか。
「もし神さまが来たら・・・ぼく、邪魔なら女神さまのところ行ってるよ?」
「なぁに言ってるの〜、あはは。あの偉っそうな神様がわざわざ私んとこ来るわけないってぇ〜」
大きな声を上げて支度を始める。体も随分温まったので、今ならどんなに寒くても大丈夫だ。
ドアを開けると、風が無いせいで真っ直ぐ降りてきた雪が頬に触れた。音を立てて湯気が出る程に溶ける感覚がするのは気のせいだろうけれど。
街はまだ賑わっているようで、闇夜に鮮やかな明りが輝いている。
「神さま怖いの〜、アカリ怒られちゃうよ?」
「ふふ、たわけ!ってか」
けらけら笑いながら眉間にシワを寄せて目を吊り上げて真似てみせると、吐き出した白い吐息の向こう側に、それ以上の凶悪な顔をした渦中の人が居た。
「・・・・・・」
二度見て、フィンを見て。目をこする。
「・・・」
「・・・」
「・・・フィン、私飲みすぎたみたい。何か幻覚が見える」
「誰が幻覚だ」
「あだっ」
額を小突かれただけでふらついて、積もった新雪に尻もちをついた。酔っ払いにも容赦無い。
相手は不機嫌なのか何なのか、ちりちりと周囲の雪を溶かしている。・・・危険だ。危険すぎる。
気まぐれでも来てくれた事がおかしくて、酒も回って危機感知が鈍い。でも言葉の割には内心それほど動揺してはいない。
白と黒と灰色の薄暗い世界に赤いその人は酷く浮いていて、でもそれは自分に取って当たり前でもあって。
綺麗だなぁと云う単純な言葉がぐるぐる脳内を回った挙句、考えるのを止めて力尽きたようにべたりと雪に頬を押し付けた。
本当に酔っている。瞼を閉じて、燃えるような身体を雪に預ける。
雪にもっさり埋まった頭が早く冷えてくれないかなと思いながら、せめてもの言い訳をしてみた。
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「来てくれるとは微塵も思ってませんでしたー!」