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NOVEL

喉が焼けつくように熱い。こんなものを好き好んで飲むやつの気が知れないね。
そう言うと、目の前の男は厭味ったらしい笑顔(僕はそう思っている)で、『まだ子供だな』と言う。アルコール度数の高い酒を飲めるか否かを、大人子供の判断基準にするなよ。
でもこの男の飲んでいるブランデー。確かキャシーが仕事終りに飲んでいたっけ。飲めないくせに、練習しているんだろう。
・・・全く、物好きなものだ。

「あー、チハヤのつまみは最高だよなー。それがあってこそ酒も上手くなるってもんよ」
「あぁそう、ありがとう」

彼はアカリと同じで褒めるのがうまいと思う。あけすけな下心が垣間見える事もあるが、根底には素直な気持ちがあるので、自分だってそう嫌な顔はしない。料理人からすれば自分の作ったものを美味しいと笑顔で食べてくれるのが一番なので、その点は嬉しい。
まぁ口から出るのは素っ気ない言葉だけども。

「材料持って来たなら、作ってあげてもいいけど」
「やった!ほんじゃ、今日はこれで」

差し出したのはチーズの燻製。
酒好きの趣味だ。よく燻製にして持ってきて、「これでつまみ作ってくれ」だなんて。 店でも使わせてもらってるから、特に文句は言わない。相変わらずのプロ並な出来には感心する。
さて何を作ろうかと考えていると、ドアベルを鳴らしてアカリが入ってきた。

「お晩ですー・・・あ、ユウキくん」
「お晩ですー。何だ、お前も飲みにきたのか」
「うん、ちょっとね」
「ちょうどいい。今からこのチハヤシェフにつまみを作ってもらうとこだ」

その言葉を聞いて、アカリは持っていた袋を差し出した。

「リンゴ、使える?酸味が少し強めだから、おつまみにいいと思うんだけど」
「あ、いいね。うん、ありがとう」

対応が違う、というユウキの抗議を背中に浴びながら、早速調理にかかる。スモークチーズとリンゴ。うん、これならブランデーに合うのができそうだ。

「キャシー。私もブランデーちょうだい」
「大丈夫なのかい?」
「うん、一杯だけだから。それに今日はお話メイン」

誰と話すんだろ、とぼんやり考えながらリンゴをスライス。味見がてらにかけらをかじると、甘みと酸味の混じった丁度良さ。わざわざこんな糖度控えめのリンゴがあるということは、別につまみ用の木を育てているのだろうか。アカリがリンゴにはやたら気合を入れているが、一体どういう理由があるのやら。
スライスし終えたそれらを塩水につけている間にチーズを切って、というところでなんとなしに後ろを振り返った。
ユウキとアカリが隣通しで、グラスを傾けていた。・・・見なきゃよかった。
アカリも意外と、量は少ないが度数が強いものも飲める。酒場で働きながら酒が不得手だとは、なんとも皮肉なものだ。独特のきつい匂いも、何時まで経っても慣れない。
出来上がったものを皿に並べて、二人の間を割って置いた。

「どうぞ。スモークチーズとリンゴのミルフィーユ仕立て」

これだって、ユウキのチーズとアカリのリンゴで出来たもの。何となく不愉快だ。
いや、出来は勿論僕のことだから完璧だけどね。そんな僕の心中など露知らず、幼馴染だという二人はそっくりな笑顔で皿を覗き込んだ。

「わぁ、すごいね。チハヤくん!こんなのすぐ思いつくなんて」

賞賛するアカリとは対照的に、さっそく手を出したユウキは、頬張りながら大きく頷く。

「絶妙―、あぁチハヤ様様だな」

ブランデーの匂いが鼻をつく。
一通り感想を聞いていたが、彼らばかりにも構っていられない。二言三言返して、キッチンに戻った。
それからしばらく彼らに背を向けて別の作業をしていたけれど、その間中ずっと二人の会話が聞こえてきた。
まぁ、牧場主だもんね。積もる話もあるだろう。彼らの仕事の話に、僕が入れるはずもない。仕事中の自分は、現在皿洗い。漸く最後の一枚を拭き終えた。

「チハヤくん」

それを見計らっていたのか、アカリに呼ばれた。

「何」

めんどくさそうに振り返ると、少し顔の赤いアカリが笑顔でグラスを渡した。
隣のユウキはニヤニヤしながら(今すぐ顔面に世界一臭いチーズをぶつけたい衝動に駆られた)僕を見ている。一体どうしたのだと彼女を見返していると、いつもの緩い笑顔を惜し気も無くぶつけてきた。

「お酒あんまり飲めないよね?仕事ひと段落したなら、これで乾杯しようよ」

何言ってんの、と言いかけて、彼女の手にある瓶に目をやる。中で揺れるのは見慣れた橙。
まごう事なきそのオレンジジュースは、確かにアカリがよく作って差し入れしてくれるものだ。ご丁寧に「チハヤくん」と名前のタグまで付けて。

「忙しそうだったから、渡しそびれちゃって」
「そういうことだ。だからそんな不機嫌そうな顔しなさんな」
「この顔は元々だよ」

ユウキが、アカリの手から取ったグラスを僕の目の前に勢いよく置き、続いてアカリがジュースをなみなみと注ぐ。
彼女はすでに自分の飲むぶんも準備している。

「君も変わった子だね。リンゴの次はオレンジかい」

しかも、こんな甘いの。もう口の中めちゃくちゃなんじゃないの。思いながらも自然と苦笑が零れる。そういえば、彼女の牧場はリンゴの木は何本もあっても、オレンジの木は一本だけだと聞いた覚えがある。これだってその一本から作られている。

「じゃ、乾杯しよ。お仕事お疲れ様」
「乾杯。・・・君もね」

言いながらグラスを持ち、静かにアカリの前に差し出す。ゆっくりとぶつかったグラスは、控えめに音を立てた。
場違いなオレンジジュースだけども、やっぱり僕には一番しっくりくる。








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