魔女というものは、鼻が鷲鼻で腰が曲がっててお婆さんで性格が悪いのだと、子どもの頃に教えられた。
ましてや甘い物が好きだなんて、思ってもみなかった。
でも目の前にいる魔女は確実に自分の概念に当てはまっていない。・・・年齢は相当らしいけど。
性格は、よく言えば自由奔放、悪く言えば我が侭。(決して本人には言わない)別に我が侭が良くないとかいう問題ではなく、ただそう思っただけ。
機嫌のいい時は終始にこにこしているのに、虫の居所の悪い時は・・・。
「いらない」
「機嫌悪いね」
差し出したケーキは逆戻り。
ううむ、今回は材料から結構こだわったんだけどな。
仕方なく一端手元に引き寄せ、彼女の様子見をすることにした。
何故こうまでされて来てるのかと訊かれても、正直習慣としか答えようがない。
この森で木材調達のついでにぶらぶらしてて、タヌキが可愛いから遊んでやってたら、件の魔女に捕まったのが最初。
そしてよくわからないうちにこうなった。
今や連れ込まれる前に家に入る。・・・世間ではこれを友達と呼ぶのだろうか。
紅茶を淹れてケーキのそばに置くと、匂いにそそられたのか彼女が恨みがましい眼差しを寄越した。
「もしかしてさ」
「何よ」
「この前の事、根に持ってるの?」
「!」
顔にさっと朱が走り、何か言い返そうと口を開いたが、ぱくぱくさせるだけで結局言葉は出てこなかった。
代わりに、乱暴にフォークを俺の手からもぎ取り、ぶすりとケーキに突き刺す。そして大きな口をあけて・・・
って一切れを一口で?
「・・・君、一回も否定しないからさ」
頬を栗鼠みたいに膨らまして、クリームだらけの顔がますます赤くなる。
「ふるはぃは!はひゃむぶふっ・・・げほっ」
「あぁもう飲み込んでからね」
差し出した紅茶が熱かったようで、更に咽こんでしまった。
「馬鹿!」
「ごめん。次からちゃんと適温にしとく」
「違うわよ!!そうじゃないのに!んもうっ!」
「?」
全力で突っ込みを入れられた。そういや訛りのあるコロボックルにもよく、突っ込み所が多すぎて困ると言われたっけな。
自分でもダメ人間なのは自覚しているけど、そんなに隙だらけだろうか。
現にこうして意図が伝わっていない事をイライラされているので、思ってるより重症かも。
「馬鹿馬鹿!」
「いたた。ご、ごめん・・・」
ぽかすかと胸を拳で叩かれるが、暫くすると諦めたのか疲れたのか、力なく腕を下ろした。
俯く顔に今どんな表情が浮かんでいるのか窺い知ることは出来ない。
俺に付き合うのは疲れるだろうな。・・・と、経験上考える。
自分の性格からして、一緒に居ても楽しませてあげる事は出来ないだろうし。
そのため人と深く関わる事からいつも逃げてしまうが、この街に来てからはそれが少しずつ変わってきたと思っていた。
気を張らなくていいって楽だ。あぁだから隙だらけになるのか。
「ケーキ、味わかんなかった」
彼女は唐突に口を開いた。俺はしばし視線を空に彷徨わせてから、魔女の顔を見る。
「そりゃ、一口だからね」
「・・・明日、また作って来てよ」
「俺が来ても、つまらないんじゃない?また、怒らせるかも」
「つまんないなら家に入れないわよ。怒るのは・・・あたしが我慢する」
言いながら既にちょっと怒った様子で、クリームべったりの顔のまま俺を見返した。あの魔女が“我慢”という言葉を口にするなんて。
彼女の橙色の大きな双眸に吸い込まれるかのように、じっと見入ってしまった。
最近は週に一回程度、人を寄せ付けない森に住むこの魔女に、ケーキを持って会いに行き、少しだけ会話するのが習慣。
牧場の事を訊いてきたり、町で変わったことはないかとか、当たり障りのない話と受け答え。
でもそれが、ただの成り行きだったとは思えない。嫌なら、近寄らなければいい事だし。
あぁ、そうか。
俺自身、結構楽しんでたんだ。
それに突然気付いた事で、彼女が顔をクリームだらけにしているのも不機嫌なのも何となくわかったような気になった。
俺の考えって大抵当てが外れるから自信はないのだけども。
「わかったよ。けどさ」
「何!嫌なの?!」
「ケーキ、持って来ないと会えないの?」
自分がこんな風に笑えるというのが不思議だった。自然に口元が綻ぶ。
彼女はそんな俺を見たせいか、きょとんとしたと思ったら次の瞬間には口をへの字に曲げた。そしてすぐさま顔を隠すようにクリームを拭き始める。
「顔、赤くなってるよ」
「擦りすぎて赤くなったのね。全部あんたのせいよ」
・・・全く関係のない耳まで真っ赤なのは丸見えなんだけど、そこはあえて目をつぶる事にした。
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彼なりに気を遣って努力はしてるってこと。ズレてるけど。
素直にならない魔女さまとマイペースなタケル。
Fugetsu Tomo | http://fugetsu.sodenoshita.com/la.html/